嘘
大好きな人間をかばう以外の理由でもう嘘はつきたくない!
私はこないだ 嘘 についてずっと考えていた。眠れなかった。
記憶の限り、私が1番最初についた嘘は4歳くらいのころだ。
理由は忘れてしまったが
家で母に「トイレに行きなさい」と言われ(出かける前だったのかもしれない)、
私は別に尿意はなかったが、そのころはたぶん尿意という言葉さえ知らなかったと思うし
「ママ、今は尿意がないみたいだからトイレに行くのはやめておくよ。」なんて言えなかった。というかそんなことを言う4歳児なんて怖すぎる。
なにしろ素直な4歳児だったので私はちゃんとトイレに行った。
でもやっぱりどう頑張っても尿は降りてこない。
悩んだ末、私はトイレットペーパーをガラガラッとわざとらしくだして水を流したのだ。
これが私の覚えている最初の嘘である。
なんと小さくて可愛らしい(?)嘘だと今は思うが私はこの嘘をついた瞬間とその後の数日間、バレたらどうしようかと悩んでいた。
当時は漢字も読めないので、
もしかしたら水道料金の明細に
○月○日○時○分:大便
とかが書いてあるかもしれないと本気で思っていたし、だとしたら私がトイレットペーパーだけを流した証拠がいつか母の手に渡ると思って恐ろしかった。
別に母はそんなことで怒るような人ではないが、嘘をつくことがそれだけ私の中では大罪だった。
でも成長するにつれて嘘は避けて通れない。
本当は性格の良くない友達を「良い子だよ」と言わなければいけない時もあったし、好きな男の子の発言に対してはどんなにつまらなくてもたくさん笑ってあげたいと思った。
両親が笑顔で買ってきてくれた物は欲しかったものと違ったものでも喜んであげたい。そこらへんで散歩している犬の顔が崩れ果てたブルドックでも「超可愛い」って言いたい時期もあった。
とにかくたくさんの嘘を身につけて成長してきた私はなぜだか「優しい」とか「良い子」と言われるようになった。
自分で言うのもおかしい話だが、幼い頃は友達の間でも友達のお母さんたちの間でも私はわりと評判だった。
(今は知らない)
私の母は子供だからと言って幼い言葉を使わずに大人と話すのと同じように私と話してくれることが多かったから、難しい言葉も結構わかったし、周りの空気を読むのがとても得意になった。
母はゴシップなネタが好きなので、あのお母さんと園長先生は仲悪いんだよとかあの子の親は今不妊治療してるんだよとか人間としてそんなことを子供に言う母親は最低だと思うけどかなりわたしに話していた。でもそのおかげで私はほんの少しだけまわりより賢い幼少期を過ごせた。
でもそのせいで私は人よりたくさんの嘘をついてきたのだ。
私が先回りして物事を考えて嘘をついて円滑に物事が進んだときは罪悪感よりも達成感の方が強かった。
しかし18歳になった今は、嘘をつくことにとても怯えている。
人を陥れるような嘘ではなくても、例えば話をすこしだけ盛ったり自分の間違えをほんの小さな嘘でごまかしたりそういうことも怖いと思う。今より昔にそういう類の嘘をついたことは何度もあるのに、そのときは平気な顔してたのに今はすごく怖い。
うちは無宗教だけど、どこかで神様が見ている気がしてしまうと思うときもある。
よくわからない。
わたしが今後嘘をついたら随時報告します。